ご案内
その家は、金網の向こう側にいつか見たあの進駐軍ハウスとどこか似ていた。
その屋根はイチゴのショートケーキの切り口のように尖がった三角形だった。
壁は生クリームをたっぷりかけたショートケーキのように真っ白である。
ぼくら中年たちにとって、アメリカがやけにまぶしい一時期があった。
五十年前、東京も大阪もぼくが生まれた横浜も焼け野原だった。
廃嘘の町の赤錆びた舗道には敷石の隙間からペンペン草が噴き出すように茂っていた。
進駐軍に接収された横浜の街のど真ん中に鉄条網と金網をめぐらした飛行場がつくられ、滑走路には空母から飛んできたグラマン戦闘機が翼をたたんで整列し、カマポコ兵舎のまわりをカーキ色のジープが走り回っていた。
しばらくたつと金網の向こう側に住宅が建ちはじめた。
下見張りの壁は白、淡いピンク、アップルグリーンの家の印象はどこで決まるんだろう?言い方を変えると、人はある家を思い出すとき何を手掛かりにするんだろう?怪人二十面相の館といえば蔦のからんだ石壁の家。
シャーロックホームズならベーカー街のレンガの壁。
ヘンゼルとグレーテルなら、そう、ビスケットやチョコレートの壁でできたお菓子の家だ。
タクシーの運転手に「タバコ屋の角を曲がって三軒目の家」というと、「ああ、あのピンクの壁の家の隣ですね」とか…。
外壁は、どうやら家の中でいちばん自己主張する場所春、たそがれ。
住宅地を散歩する。
夕なずむショートケーキハウスの窓辺に灯影がさして、玄関脇の大きな出窓の白いレースのカーテンに透ける明るいリビングルームで、丸首シャツにステテコをはいた中年パパが、新聞を持ってうろうろしているのが見える。
それでもいいじゃないか、と思う。
レンガタイルの家のようである。
その外壁が、このところずいぶん様変わりしてきた。
日本全国の木造住宅を調べてみると、一九七九年には、モルタルの外壁が圧倒的多数派で、七十二パーセントを占めていた。
しかし、十二年後の一九九一年になると、サイディングの壁が四十六パーセントに対し、モルタルの壁は四十四パーセントと少数派に転落している。
塗って、乾かし、また吹き付けてと手間も時間もかかるモルタル仕上げ(湿式工法という)より、ボード状になったサィディングを釘打ち銃でバタバタと張り付けて「ハイ、一丁上がり!」。
そんな仕上げ(乾式工法という)のほうが時代のニーズになったというワケか。
ドーマーサイデイングこのことは、同時に、「屋根窓十白い下見張りの壁」の家ハウスメ‐力‐がア‐リ‐アメリカン調と呼ぶ洋風住宅が大いに流行ったということを意味する。
ところが、ここに困ったことが起きた。
この流行が、一九八○年代にはじまったアパート経営ブームに飛び火したのだ。
ほら、最近よく見かけるでしよ?切妻屋根に屋根窓が並んだ白いサイディングの新築アパート。
長持ちする。
壁にかかる垂や剥落もまずない。
といいことずくめ。
この乾式工法だと、工事費は高くなるが、外観に圧倒的な重厚感が出るし、モルタルで貼るタイルよりずっとする。
壁にかかる重遼も軽くてすむし、ヒビ割れ剥落もまずない。
メンテナンスも基本的にフリーである。
あのせいで、「白いサイディングの壁」の家というのは安普請の代名詞になってしまったのだ。
実際、アパート建築費の坪単価は、一般住宅の三分の二程度に押さえられるのが普通である。
そこで、家を建てようという人たちの中にこんな思いが生まれてくる。
「せっかく一戸建を建てるのに、賃貸アパートみたいじゃねえ…」そんなワケで、一九九○年代に入ってからの家のトレンドはちょっと変わってきた。
“レンガタイルの家“が注目を浴びはじめたのである。
バネルそれもモルタルを使わずに、下地板につけられたレールやフツークに引っかけてレンガを固定する「乾式タイルエ法」に人気が集まり、新聞が「外壁異変/レンガタィ、木造の家を包む」という特集をまとめたりしている。
窯変のレンガタイルを使えば、変化に富んだ微妙な色合いは朝日に映え、夕日に燃え、その印象は抜群である。
こんなレンガタイル張りの家が増えてきたのは、もしかしたら、自宅の壁をキャンバスに見立てて自分を主張する日本人が増えてきたということなのだろうか?このレンガタイルの外壁、欠点があるとすれば人目を引きすぎることである。
色彩を抑え、個性を殺し、ひたすら地味にうずくまる日本の家並み。
見渡せば花も紅葉もなかりけりといったそんなニッポンの町に建ち並ぶ、既存の木造モルタル住宅という浦の苫屋の中にあって、レンガタイルの家は、あまりにもヨーロピアンであるし、あまりにもエイリアン。
一歩まちがえば、あまりにもディズニーランドになってしまい、ご近所からネタミやソネミをかってしまうのである。
庭から物置が消えた。
母屋から何歩か離れ、しかし、母屋の一部として同じ素材、同じ意匠でつくられた別棟。
引手の壊れた茶ダンスや脚のぐらついた座卓、椅子。
冠婚葬祭用の揃いの皿、小鉢。
臼、杵、火鉢、簾、盆提灯。
ベビーダンス、ステッキ、松葉杖。
藤の乳母車の中に野良猫が子どもを産んで大騒ぎ…。
そこは、家族の記憶の収納所でもあった。
その物置が消えた。
いや、正確には、物置を建てられる庭が消えた、というべきか。
年々狭くなるニッポンの住宅用敷地。
物置の絶滅は、都市部の地価の異常な高騰と無縁ではない。
代わりに見かけるようになったのが、型抜きされた薄い鉄板でつくられた簡易物置だ。
近ごろでは、自転車を出し入れできる大型のものまである。
しかし、あれはいかにも窮屈そうだし見るからに薄っぺらだ。
夏場には直射日光の下、内部が蒸し風呂のように熱くなる。
漬物樽や果実酒の瓶、泥野菜を保存してお物置くための冷暗所としてはとても使えた代物ではない。
灼けたトタン屋根の下じゃ、臨月の猫だって寄りつかぬ。
引っ越し荷物がまだ片づかぬ新しい家などでは、前庭の美観を損ねたくないのだろう、裏庭のわずかな空き地に人目をはばかるように置かれたこの手の新型物置をよく見かける。
新居の北郷の壁に張りつくブリキの小判鮫。
それはたとえば、屋根の色がサバイバルオレンジで、壁の色は掃胆城肌色だったりする。
ところが、悲しいことに、向かいの家の北側はこちらの家の南側。
縁側でほっと一息と前庭の丹精した五葉の松と石燈龍に目をやれば、目と鼻の先の距離に見え隠れする強烈なオレンジ色と不気味なブルー。
トランクルームがもっと注目されていいだろう。
トランクルームとは住宅本体に取り込まれた収納空間。
それは、断熱化された外壁の内側にある。
階段下のデッドスペースでもいいし、それ専用に一、二坪ほど用意できればなおよろしい。
室内側屋外側の両方にドアを付け、家の中で使うものは室内から、アウトドア用品は屋外から出し入れする2ウェイ方式にするといい。
床下に大型収納庫を設ければ格好の冷暗所となる。
小判鮫が消えれば、ニッポンの町並みもずっとビューティフルになるのだが。
そんなときに思い出すのが、泊まりがけで遊びに行った信州野尻湖の古い民家である。
現代の洋風住宅の生活にすっかり馴れたぼくにとって、築百年の民家のディテールは新鮮な驚きの連続だった。
そのうちの一つに欄間があった。
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